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パラリンピック
パラリンピックの映像は、いつ見ても感動する。この感動は、「感動をありがとう」なんてテレビがバカのひとつおぼえみたいに安売りする感動じゃない。もっと心の深いところから湧いてくる本質的な感動だ。

それはなんだろう。と、あらためて考えてみる。
たとえば、一般のスキーヤーにくらべて、一本足ですべるスキーヤーは、すごいハンデを背負っている。
そのハンデを乗り越えていくプロセスは、私たちの想像を絶するくらいたいへんなもんだと思う。
でも、その涙ぐましい努力が報われている姿を見て、私は感動するわけじゃない。
それだけだったら、障害者に同情する上から目線の感動だろう。

私が感動するのは、この人たちが、障害を乗り越える努力を重ねている中で、「昨日より少しでも成長している自分」を、日々実感しているに違いない、ということだ。そのことに心をうたれるのだ。
もちろん、一般のアスリートにも、同じことはあるだろう。
が、不自由なからだをかかえているだけに、その思いはとても大きいに違いないと思う。
そこがすごい。で、それだけの思いを、私は日々の暮らしの中で持てているだろうかと、わが身をふりかえってしまうのだ。

「昨日より少しは成長している自分」を実感するということは、実は「生きている」という実感を持つのと同じことだと思う。
そういう実感を、日々の暮らしの中で、私たちは持てているだろうか。
そう思うと、障害をかかえている人たちは、ぼくらよりもずっと人間的に生きているんじゃないか、と思えてくるのだ。

だから、パラリンピックでメダルをとることよりも、競技に出ている姿そのものに、ぼくは羨望をこめて感動する。
「ああ、この人はちゃんと生きている。ちゃんと人間をしている!」と、感動してしまう。

こういう言い方は誤解を招くかも知れないが、いまの世の中、大多数の人は、人間らしく生きていない。肥大した社会システムの中で「人間である」ことを返上させられて、昨日も今日も何一つ変わらない日々を送っている。「人間であること」を日々実感しながら人間らしく生きているのは、むしろ障害者の人に多いんじゃないか、と思う。

あるところに、足に障害を持った娘さんがいた。その娘さんは、車椅子で外に出るのをとても楽しみにしていた。でも、お母さんは、「よその人の迷惑になるから」といって、娘さんをあまり外に出したがらない。そのお母さんに、ある日、娘さんはこういったそうだ。

「私は足の障害者だけど、お母さんは心の障害者だね」

実にもっともな答えだ。

私もせめて「昨日より少しでも成長」していきたいと思う。
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